東アジアでは、結婚式の日、引っ越しの日、店を開く日のように人生の大事を決めるとき、どの日でもよいとはせず、あらかじめ「良い日」を選んで合わせる風習が長く続いてきました。これを択日、すなわち「日を選り分ける」といいます。なぜ人はわざわざ日を選んで大事を始めたのでしょう。その結をたどると、東洋が時に向き合った丁寧な心が見えてきます。
択日は伝統の暦の上で行われます。古い暦は一日一日に吉と凶の結を記しており、それは先に見た六十甲子や二十八宿のような数え方、そして「孫のない日」のような民間の知恵に由来します。「孫」は日にちに従って東西南北を巡るという方位の気を指し、その孫が天へ昇って位を空ける日を「孫のない日」といって、引っ越しのような大事を行うのに良い日とみなしました。人々はこうした印を見て、大切な始まりを寛やかな時に重ねようとしたのです。
ではなぜ始まりの「時」がそれほど大切だったのでしょう。大事を落ち着いた吉日に上げれば、心に確かさと秩序が生まれます。また択日は、一人の始まりを家族や隣人みなが「この日だ」とともに祝福し見守る場でもありました。ひとりで決めれば心もとなかった出発が、みなが良いと選んだ日に置かれると、ぐっと心強くなるわけです。
ここで正直に断っておくべき点があります。良い日を選んだからといって、その事の結果が機械のように保証されるわけではありません。結婚がうまくいくのは、良い日付ではなく二人の真心のおかげです。択日の本当の贈り物は、始まりに与える「平穏と決意、そして共にある祝福」にあります。ですから択日を運命を強いる呪術ではなく、一つの始まりを美しく祝う優しい儀式として受け取るほうが健やかです。
そう見れば、良い日を選ぶことは、人生の敷居を丁寧に越えようとする心の表れに近いのです。FortuneLeafの択日カレンダーも、そんな心で傍らに置けますね — 定まった吉凶の通知ではなく、大切な始まりをもう一度鮮明に心に刻む道具として。いつものように、これは定まった運命ではなく、一つの始まりを優しく開くための一片の楽しみとしてお渡しします。