タロットを学び始めるとき、多くの人が七十八枚の意味を丸ごと覚えようとして疲れ果てます。けれど、もっと楽しく長続きする道があります。カードの「絵そのもの」を読む法を身につけることです。数・スート(元素)・色と人物の仕草 — これらの手がかりを重ねて読めば、意味を「思い出す」代わりに、カードと「語らう」ようになります。
まず、数が「段階」を教えてくれます。エース(一)は種であり新たな始まりで、数が大きくなるほどその気が育ち熟していきます。二は均衡と対、三は育ちと結実の最初の姿、そう流れて十に至れば、そのスートの物語が一巡り満ちます。ですからカードの数を見るだけでも、「今この事が始まりか、真っ盛りか、仕上げか」の結を量れます。
次に、スートが「舞台」を告げます。ワンドは火 — 情熱と意志、仕事と冒険の舞台で、カップは水 — 感情と関係、愛の舞台です。ソードは風 — 思考と言葉、葛藤と決断の舞台で、ペンタクルは土 — 現実とお金、体と仕事場の舞台です。ですから数とスートを重ねると、「何が、どの場で、どの段階にあるか」が一文のように浮かびます — たとえば「カップの3」は、感情の場で花ひらく小さな結実と和合として読めます。
最後に、色と絵が「雰囲気」を添えます。温かい光か冷たい光か、晴れた空か荒れた嵐か、水と山はどんな姿か、人物は何かを差し出すか、握りしめるか、休んでいるか — こうした視覚の手がかりがカードの温度を決めます。定まった意味を「当てよう」と気張るより、絵が心に呼び起こす感じに耳を澄ますのです。同じカードでもその日の問いによって違う結で語りかけるのは、これゆえです。
ですからタロットは、解くべき暗号ではなく、静かに耳を澄ませば聞こえてくる「絵の言葉」に近いのです。数で段階を、スートで舞台を、色と仕草で雰囲気を読み、その上に自分の直観をそっと重ねてみてください。FortuneLeafのいつものように、タロットは定まった運命を告げません — 一枚の絵は、今わたしが見つめる心を映す鏡にすぎないのです。