黒衣をまとった人影が、目の前に倒れた三つの杯を見つめ、背後にはなお無傷の二つの杯が立っています。彼方の橋は帰り道を示していますが、嘆きに沈むその者には目に入っていません。
カップの5は、喪失と悲嘆の元型でありながら、同時に癒やしの好機をも表します。その根本の教えは、痛みがしばしば、なお残っているものから私たちの目を覆い隠してしまう、ということです。霊的には、喪失への執着から、生き残ったものを受け入れることへの移ろいを表し、何に目を向けるかが立ち直る力を決めるのだと思い起こさせてくれるのです。
何かが壊れたと感じるとき、悲しみを噛みしめる時を持ちなさい。けれど、惨状を見つめたまま立ち尽くしてはなりません。振り返って、なお手の中に在るものを見つめなさい。そこにこそ、再び築き上げる力が宿っているのです。私生活においては、人生の変化が常に終わりとは限らず、まだ見えぬ目的への方向転換なのだという便りでもあります。
一部を失ったことに目を奪われて、あなたの人生がなお可能性に満ちていることを見失ってはなりません。
リーディングでの意味: 別れの兆しが見えている. こぼれた牛乳を嘆くな. 打撃を受け入れ、再び鞍にまたがれ.
正位置の意味: 喪失を認め、なお前へ進むこと; 杯がなお「半分満ちている」さまに目を向けること; 暗い雲の中にも明るい兆しを見いだすこと; 喪失が人生の自然な一部であると認めること; 健やかな悲嘆を受け入れること; つらい結末から教訓を学ぶこと.
逆位置の意味: 健やかでない悲嘆や自己憐憫に溺れること; 前へ進み、手放すことを拒むこと; 過去にしがみつくこと; 過ぎ去った日々や昔の恋に取り憑かれること; 今この時を生きずにいること; 過去の過ちを理由に己を責めさいなむこと; 失敗への恐れに、己の努力を縛らせること.
キーワード: 喪失, 絶望, 見つめ直し, 悔い, 不確かさ, 悔悟.