人と人の縁の中には、実に妙なものがあります。しきりに心が惹かれ そばに置きたいのに、いざ共にいると些細なことに神経が尖り、わけもなく寂しくなる仲のことです。四柱ではこうして惹かれと疎ましさが一つの器に盛られたような縁を元嗔殺と呼びます。憎みつつも容易に離れられず、離れればまた思い出す愛憎の結が、その名に込められています。
元嗔殺は、生まれた年や日の地支、すなわち十二支の基となる文字が特定の組を成すとき生じると見ます。伝統的に、鼠と羊、牛と馬、虎と鶏、兎と猿、龍と猪、蛇と犬 — この六つの組が互いに元嗔の関係として挙げられます。二人の干支がこの組に当たれば元嗔殺があると見て、古くから相性を見る際に注目された箇所でした。
元嗔殺のある仲は、しばしば強い引力と強い摩擦を同時に持ちます。初めは説明しがたい惹かれで急速に近づきますが、近づくほど互いの些細な癖や口調が妙に障り、同じことで繰り返しぶつかります。ですから元嗔殺は夫婦や恋人の間でよく語られます。ただ、この殺があるからと必ず別れるのでは決してありません。むしろその張り詰めた緊張が互いを深く分け入らせ、うまく治めれば誰よりも濃く長く続く縁になることもあります。
では元嗔殺は悪いだけのものでしょうか。昔の人はこれを呪いでなく、関係の性質を前もって告げる信号と見ました。元嗔の縁は無難で穏やかな愛というより、互いを映し自分の角ばった面と向き合わせる鏡のような愛です。相手が妙に障るなら、実はその点が自分が整えるべき自分の影であることが多いのです。そう眺めれば元嗔殺は葛藤の呪いでなく、共に育てという招きになります。
元嗔殺を賢く読むには一つ覚えておくとよいことがあります。相性の殺は定まった運命を釘づけにする烙印でなく、関係で気をつけ育てる点を前もって照らす灯だという点です。元嗔殺があっても、互いの違いを認め、口調を優しく選び、一歩ずつ退くことを知れば、その張りはむしろ互いを手放させない力になります。逆に殺のない楽な相性でも、無関心が積もれば遠ざかります。結局、縁を完成するのは四柱の文字でなく、毎日渡す理解と真心です。FortuneLeafの相性コンテンツもこの古い知恵を借りて、あなたが大切な縁の結を一層優しく明るく理解できるよう、傍らで助けたいと願っています。